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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)1359号 判決

控訴人

今福栄一

右訴訟代理人

平原昭亮

外二名

被控訴人

北原治郎

右訴訟代理人

岩崎公

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一〈証拠〉を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  被控訴人は、昭和一〇年頃、控訴人先代亡新九郎から本件土地上にあつた同人所有の建物を賃貸し、自転車オートバイの修理販売業を営んでいたが、戦争中に長野県下に疎開し、その後右建物は昭和二〇年八月一日に戦災で焼失した。

2  戦後の昭和二一年になつて、被控訴人は、本件土地上で再び右修理販売業を営むため、控訴人に対し本件土地の賃借を申出てその承諾を得、同年一一月二四日控訴人との間で本件土地を期間を定めずに建物所有の目的で賃借する契約を締結し、賃料は3.3平方メートルにつき一ケ月三円五〇銭と定めた(なお、当初の賃借範囲は、本件土地の範囲より東側に約九〇センチメートル多く、南側は約二メートル少なかつたが、昭和二八年頃、本件土地の南側に居住する控訴人のための通路を設けるため、東側部分を減らして南側を増すことにし、賃借範囲を別紙図面の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(イ)の各点を順次結んだ区域に改めた。)。

3  被控訴人は、昭和二二年本件土地に北側公道に面して木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建店舗兼居宅床面積約五〇平方メートルの建物を建築し、同建物に居住して右営業を開始し、次いで昭和二三年その南側に接して和室四畳半・浴室などを増築し、更に昭和二八年には本件建物を右南側に建築して従前の建物を店舗用に改造し、その後昭和三九年一二月一六日に小型二輪自動車、軽自動車の分解整備事業の許可を得て自己の営業を拡張し現在に至つている。

4  控訴人は、かねがね被控訴人に対し、本件賃貸借期間満了の際には本件土地を明渡してもらいたい旨を申出ていたが、これを文書化しておこうと考え、昭和三九年六月八日被控訴人方を訪れ、本件賃貸借期間が三〇年であることを確認するとともに、期間満了日である昭和五一年一一月二三日に契約は解除となり、被控訴人は控訴人に迷惑をかけずに本件土地を明渡すことを相互に確認する旨の「土地賃貸借期間相互確認書」と題する書面を、被控訴人に示して署名捺印を求めた。被控訴人は同書面を預り、家族と相談のうえこれに署名捺印して、二、三日後に取りに来た控訴人に渡した。

その後控訴人は、右期間満了の際被控訴人から要求されることのあるべき立退料の代りに一〇年間本件土地使用料を無償に、控訴人に「迷惑をかけずに」明渡を履行させるため、同月二〇日被控訴人方を訪れ、昭和四一年一一月二四日から昭和五一年一一月二三日までの間は使用賃借とすることを相互に確認する旨の「土地使用貸借書」と題する書面(甲第一号証)を被控訴人に示し、これに署名捺印を求めたところ、被控訴人は一〇年間賃料の支払が免除されることは理解したものの、使用貸借の法的意味、効力を十分知らないままこれに応じた。しかし、被控訴人は右の書面に署名捺印したことが心配になり、間もなく知り合いの弁護士に相談したところ、使用貸借では借地法による保護を受けることができなくなることを知り、後悔したが、昭和四一年一一月頃まで控訴人に格別の意思表示をすることもなく経過した。

5  昭和四一年一一月、控訴人は被控訴人に対し、同月一六日付内容証明郵便で、右両書面による確約のとおり同月二三日で本件賃貸借は解約される旨を通知したところ、被控訴人は同月二二日付内容証明郵便で控訴人に対し、右解約は承認できないこと及び本件賃貸借は昭和五一年一一月二三日まで存続するものであることを通知し、その翌日の昭和四一年一一月二三日に使用人の西山輝美をして同月分の賃料を控訴人方に持参させた。控訴人は同日までの賃料として金三、八三四円を受領し、その後の賃料は受領せず、被控訴人は同年一二月以降従前の賃料額に従い月五、〇〇〇円の割合で供託を続けている。

以上のとおり認めることができる。

二右認定事実によれば、本件賃貸借は一時使用のためのものではなく、借地法第二条の適用を受け、その期間は昭和五一年一一月二三日までの三〇年であるところ、被控訴人は控訴人に対し、昭和三九年六月八日本件賃貸借は、その期間満了日である昭和五一年一一月二三日を以て終了し、契約を更新させることなく、本件土地を明渡すことを約束したこと、次いで昭和三九年六月二〇日本件賃貸借につき昭和四一年一一月二四日以降右期間満了までの一〇年間は被控訴人において賃料を支払う義務がないことを相互に確認したことは明らかで、これにつき被控訴人主張のように被控訴人において要素の錯誤が存し又は控訴人において被控訴人を欺罔したものとは認られない。

そこで以下右合意の法的効力について判断する。

前記認定の控訴人と被控訴人との間で昭和三九年六月八日及び同年同月二〇日に前記各合意がなされた経過及びその際における控訴人の意図に徴すると、右の両合意は、被控訴人は控訴人に対し本件賃貸借契約につき更新請求権を予め放棄して、その期間満了時である昭和五一年一一月二三日の経過により右賃貸借契約は更新されることなく終了するものとし、被控訴人は本件土地を控訴人に明渡すこととし、控訴人は右更新請求権の放棄の代償及び明渡料の支払に代えて、昭和四一年一一月二四日から右期間満了時までの賃料をこれに当てるものとし、被控訴人に対し右一〇年間の賃料の支払を免除したものと解するのが相当である。

ところで、借地法の適用のある借地契約につき借地人が更新請求権を予め放棄することは、一般に同法第四条第一項、第六条第一項等の規定に反し、借地人に不利益なものであることはいうまでもないから、本件においてこれが同法第一一条の規定に該当せず、無効でないというためには、被控訴人のした右更新請求権の放棄が同人にとつて不利益とならない特段の事情が存するものでなければならない。右の点については、前記認定のとおり、控訴人は被控訴人に対し、借地期間満了時における明渡料の支払に代えて、その前一〇年間の賃料(当時において一ケ月金五、〇〇〇円)を免除する旨の意思表示をし、被控訴人はこれを応諾しているものであつて、被控訴人としては右更新請求権の放棄の代償として少からぬ利益を与えられたものということができる。しかしながら、前記認定の事実及び〈証拠〉によれば、被控訴人は、昭和一〇年頃から戦時中の一時期を除き現在まで、本件土地で自転車、オートバイの修理販売業を営んできたもので、本件土地上に本件建物を所有し、これを住居及び店舗として使用し、その営業も同地域に定着し、将来その長男に右営業を継がせることを予定していたものであつて、本件土地を必要としており、他に本件土地建物に代るべきものを入手して店舗及び住居を移す具体的計画はなんらない等の事情が十分に認められるのに対し、〈証拠〉によれば控訴人は他に駐車場用地を賃借しており、本件土地の返還を受けて同人宅への通路を拡張し右駐車場にも利用することを望んでいる事実は認められるものの、他に控訴人が本件土地を特に必要としている事情は本件全証拠によるも認めることはできない。したがつて、右の事情からみると、前記更新請求権の放棄は、被控訴人にとつて、前記一〇年間の賃料が免除されることによつても補うことのできない著しい不利益を伴うものであつて、借地法第一一条該当し、無効なものといわざるをえない。

なお、昭和三九年六月二〇日の前記の合意につき、これを本件賃貸借の終了時を昭和四一年一一月二三日とするいわゆる期限付合意解約であり、その後は一〇年間の使用貸借とする旨の合意と解する余地があるとしても、借地法の趣旨に鑑み、右のような合意解約を有効と認めるためには、右合意に際し借地人が真実その意思を有していたと認めるに足りる合理的、客観的な理由があり、しかも他に右合意を不当とする事情が認められないことが必要であると解される。ところで、前記認定の事実によれば、被控訴人は控訴人との間で本件賃貸借契約につき右のような期限付合意解約をするについて、右解約後は一〇年間は無償で本件土地を使用する権利を付与されてはいるが、使用貸借の法的効力については十分な理解を持たなかつたものであり、また、右の使用貸借の期間満了時、換言すれば本件賃貸借の期間満了時に無条件で本件土地を控訴人に明渡す結果となることは、前記説示のとおり一〇年間の無償使用によつても補うことのできない不利益を受ける結果となるものであつて、未だ合理的、客観的理由があつたものとは認め難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。以上によつてみれば、右期限付合意解約は借地法一一条に該当し無効というべきであり、右解約を前提とする本件土地の使用貸借もその効力を生ずるによしないものというべきである。

三してみれば、控訴人主張の使用貸借あるいは明渡の合意はいずれも効力を生じないものであるから、右の合意に基づく本訴請求は理由がなく、これと同旨の原判決は正当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条に従い、主文のとおり判決する。

(外山四郎 清水次郎 鬼頭季郎)

目録〈省略〉

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